「組込みソフトウェア管理者・技術者育成研究会」趣意書

東京大学大学院工学系研究科 教授  飯塚 悦功

日本のソフトウェアは,メインフレームを中心として1980年代までは,世界的に恥ずかしくないレベルにあったと評価できます.ところが「ネオダマ」という用語が広まる数年前には様相が一変してしまい,わが国のソフトウェア産業は,何をコアコンピタンスとして,どんなソフトウェアで勝負していくのか,早急に明確にし実行に移さねば世界に遅れをとってしまいます

本当に,
日本のソフトウェア産業の競争力低下が叫ばれて長い"とき"が流れました.アメリカのパッケージソフトに席巻され,日本が生んだ,市場に受け入れられた唯一と言ってもよいパッケージソフトである日本語ワープロでさえ危うい状況にあって,オープン化,ネットワークというコンピュータ利用の変化への対応の遅れが指摘されています.競争力低下の真因は,変化への対応の遅れという現象にはありません.日本のソフトウェア産業が体質的にもっていたもの,すなわち変革に対応できないという体制にあると判断できます.競争の場が,競争のルールが変わり,それゆえに競争優位要因が大きく変化しているにもかかわらず,旧態依然たる戦術で戦おうとしている,例えて言うなら,矢でも鉄砲でも使ってよいとルールが変わっているのに,竹槍で戦おうとしている,その視界の狭さ,暗さにあると言えます.

ひとことで言うなら"戦略性の欠如"ということになるのでしょうか.しかし,端から批判するのは簡単ですが,それは無責任というものです.
現状を打破するためには,関係者がこぞって自らの問題として対応策を考える必要があります

そのため,日本として,世界のソフトウェア産業に互していくために,どのような戦略がありうるのか考察していかねばなりません.この考察を通して,自社の戦略の妥当性をチェックできるでしょう.一般論として「日本のソフトウェア産業の危機」とは,創造性型産業において米国に劣り,コスト競争型産業でアジア諸国に負けるということでしょう.

すると
優位に立たなければならないのは,組込みソフト(ファームウェア,埋め込みソフト,エンベッデッドシステム)ということになります.将来,家電製品には多くのマイクロチップが組み込まれるでしょう.多くの電機部品は"インテリジェント化"し,その部品・ユニットをホロニック的に制御するような小さな制御ソフトが組み込まれることになるでしょう.強いハードに組み込まれるソフトウェアで圧倒的シェアを獲得できないでしょうか.ハードウェアについてもここ4半世紀は,アッセンブリーより高機能部品・ユニットの収益性の方が高くなっています.その高機能部品・ユニットに組み込まれるソフトウェアを抑えることはできないでしょうか.こうした高機能部品・ユニットには高い信頼性が要求されます.ハードウェア制御のソフトウェアとして,サイズは小さいが高信頼性を要求され,日本のソフトウェア開発者の思考・行動様式にとっては,パーソナルユースの我慢ならない信頼性の低さよりは,はるかに自然体で対応できます.

その他の分野をどうするればよいのでしょうか.OS,コンポーネントソフトは,圧倒的にアメリカが強いと言えます.SAPのようなビジネスパッケージソフトが日本で生まれるでしょうか.EDSのような,運用,アウトソーシングのビジネスで日本の会社が成功できるでしょうか.こうした分野を捨てるのか,それとも日本が力を発揮できるもので競争優位要因となるものを見つけるか,はたまた別の競争ルールを持ち込むか,産業全体としての戦略が必要です.例えば,アメリカのコンポーネントソフトウェアの強さに脱帽し放棄するのか,それとも対抗するために,フリーソフト文化の拡大を図って別の競争ルールを導入するか,とびきり優秀なベンチャーがジャンジャン生まれる社会・経済インフラを作るか,これまでの品質に対する常識を覆す契機となる高信頼性コンポーネントを現実に経験させるかなどの何らかの策を講じるのか,業界を挙げて考察することが望まれます.

前置きが長くなりました.こうした考察のすえに,
日本がもっとも力を発揮でき,また発揮しなくてはならない分野は組込みソフトウェアであると信じるに至りました.組込みソフトウェアは,すでに我々の社会のインフラであり,他の産業の競争力をも左右します.そしてPCソフトウェアのような「そこそこ品質」ではダメで,より高品質,高信頼性が要求されます.またハードウェアとの協調という点で,日本に向いています.ハードウェア+ソフトウェアで半ばブラックボックス化した汎用のユニット,部品などで世界を席巻できないかとの夢もあります.

こう考えてみると,
組込みソフトウェア技術者や管理者を育成するためのカリキュラムの整備,そしてその元になる方法論・ツールの開発に関する研究が必要なのは言うまでもありません.我々の感触では,組込みソフトウェアの中級レベル以上の管理者・技術者が数万人以上必要であり,早急に養成する必要があるものと確信します.それゆえに,組込みソフトウェアに関心を持っている方々に声をかけ,何回か会合を開き,活動を始めたところです.

このご案内は,組込みソフトウェアの開発プロセス,体系を整備したく,また技術者・管理者の教育・訓練カリキュラムを考えたく,
一緒に議論してほしいというお誘いであり,お願いです.本テーマについて,当方に確たる考えがあるわけではありません.日本の組込ソフトウェア開発現場の実情を見るに,とにかくいまキックオフしておかなければ危ないと感じ,とにかく議論を始めようとしているところです.

産官学は問いません.日本のソフトウェア産業の将来を憂いていらっしゃる方々,組込みソフトウェアの品質を向上したい方々,技術者や管理者の育成を日々悩んでいる方々,そして組込みソフトウェアの将来を一緒に担っていただける方々,ぜひ参加し,一緒に議論していただきたいと切望します.

ファイルダウンロード
組込みソフトウェア技術者教育への取り組み(753KB) 
4th Open SESAME Seminar 開催の挨拶(MP3ファイル/ 1,912KB) 
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4th Open SESAME Seminar 開催の挨拶(LHA圧縮ファイル/ 7,426KB) 
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